更新を忘れているという。楊枝です。
最近ぷよもzoomeも"Blue Sky"と名乗っているので、
ついBlue Skyのほうで打ってしまいそうになります。
ちなみに、気分でフォント変えてみたりしています。
まあ更新忘れたからといって特に特筆する事項はないわけですが・・・
テキトーに自分のこと語ってみたりします。
自分は、よく人に「何を考えているのかわからない」と言われます。
謎キャラだとか、天然だとか…
別にいやなわけではなく、自分が人と比べて変わっているのは十分自覚していますし、
今となってはそれが自分のステータスの一部になっているわけで、
そのことについては特に問題はないのです。
ただ、「何を考えているのかわからない」と言われたことについては、
特に意味はないですが、気分的に一言申しておかねばなりません。
自分で言うのもなんですが、わかるわけがないと思います。
だって、何も考えていないのですから。
何も考えていない人間のどこを見れば、
何を考えているかわかるのでしょう。
自分は、そんないちいち理念や信条をもって生きるような人間ではないですし。
感覚頼りの人生を送ってきたわけですから、他のみんなと同じようにまともに生きてきたわけでもない。
よくいえば風来坊、悪く言えばただの適当ですね。
ただ、それが自分の生き方であり、スタイルであり、
何を考えているのかわからない、ということ自体が、今の自分なのだと思います。
個性だのキャラだのを重視する世の中で、多くの人は自分のキャラ作りだとか自分探しだとかで、
忙しい生活を送っている人もいると思いますが、あいにく自分はそういうものとは無縁のようです。
個性、キャラといった仮面など必要ない。
自分は自分、という本質だけあれば十分。
仮面ばっかり付けて身重になりたくないですし。
シンプルイズザベスト。
まあもちろん、
そんな適当な生き方が安易に許されるのであれば、誰も苦労はしないわけで。
プライドだったり、偏見だったりが邪魔をするわけです。
いくら個性を認めようが、この社会(集団的意識)では個性を品定めしたがるようで。
それが、「普通」「変」などどいう区分に分けられている理由なのかもしれませんね。
そんなの気にしない、というスタンスか、
気にするから周りに合わせます、というスタンスか。
いろいろ選択肢はあると思います。
自分のスタンスは、ここでは言う必要はないでしょう。
自分が分かっていればいいのだし。
必要のある時だけ、堂々と言えばいいのだと思います。
ベタな例えですが、普通だ、変だ、という区分に悩んでいるなら、こう考えてしまえばいいのではないでしょうか。
「普通とはどういうことなのか。変とはどういうことなのか。
普通(変)の具体例をあげてみてほしい。
変(普通)といわれるからには、具体的に『普通(変)』な対象を見ないと納得できない。
もちろん、その具体例が『普通(変)』といわれる理由も、納得いくよう説明してもらいたい。」
普通も変も曖昧な概念なのに、完璧に説明などできないと思います。
結局、人は人、自分は自分。それでいいのではないでしょうか。
何人たりとも、自分のスタイルには文句を言わせない。